かたおかせんせい

2日目 銀川・承天寺塔へ行くはずが玉皇閣へ@成田市片岡書道教室の場合

おはようございます。

所属団体習字研究社社中展歴史の中で「前代未聞」と言わせた成果を「0」からたたき出し、子どもたちの無限の可能性とやる気を引き出すために、アクティブラーニング型稽古を実践中の千葉県成田市公津の杜 片岡書道教室です。

念願の寧夏回族自治区・銀川へ

2026年6月26日(金)~7月1日(水)

縁あって、作家『塚本靑史と行く中国歴史紀行』にご一緒することになり、念願の、西夏王国のあった地『銀川』をはじめ、西安への研修旅に行ってきました。

車窓から観る承天寺塔

6月27日(土)銀川・西安旅2日目

承天寺塔へ行くはずが。

この日、朝から時間が押していたことによって、門が開いている間に到着することで叶いませんでした(´;ω;`)ウゥゥ

賀蘭山を出発したのは17:15でしたから(^^;)

ただし、脇の通りを走行してくださったことで仏塔だけは車内から見て拝むことが出来ました(^^♪

街路樹・槐(えんじゅ)の影にならないように撮影も苦戦する(^^;)

現地では、市の西にあるので西塔(シータイ)という愛称で親しまれているそうで、この地域寧夏回族自治区を代表する大変歴史価値の高い古建築なんだそうです。

西夏最盛期の創建。

承天寺塔の歴史は、11世紀の西夏時代(西暦1050年)に遡り。

西夏を建国した初代皇帝李元昊が暗殺された後、わずか数え年の2歳で第2代皇帝となったのが毅宗(きそう)。この幼い我が子の健やかな成長と国家の安泰、そして亡き夫り元昊の冥福を祈るため、摂政を務めていた母没蔵太后が国力を挙げて建立したのがこの承天寺と承天寺塔だそうです。当時、塔が完成した際には盛大な落慶法要が行われ、朝廷から多くの仏典が納められたと伝えられています。

ただ、清代におきた銀川大地震で全壊していしまい、再建された塔を通りすがりに観てきたことになります。

塔は八角形の形をしていて13層、高さは64.5メートルあるそうです。

玉皇閣へ

承天寺塔へ足を運ぶことが叶わなかったことで、ありがたいことに予定にはなかった「玉皇閣」へ訪れることに。

玉皇閣の説明がありましたから、帰国してGoogle翻訳に依頼することに。⇓

銀川市解放東街に位置する玉皇閣は、高さ22メートルの長方形の基壇の上に建てられた複合建築物です。基壇の下には南北に走るアーチ形の出入り口があり、基壇の上には寄棟屋根と二重軒を持つ2階建ての本堂が建っています。本堂の東西には、左右対称の2階建ての鐘楼と鼓楼が配置されています。建物全体は、ち密な構造、巧みな配置、そして重なり合う軒が特徴で、力強い民族様式を持つ古代建築の建築と言えるでしょう。

玉皇閣の建設時期に関する歴史的記録は残っていない。明代の「嘉靖寧夏新地誌」では、市街地図上に「見張り台」として記されている。清代の乾隆年間の「寧夏地誌」では、かつて玉皇大帝の銅像が安置されていたことから「玉皇閣」と呼ばれている。乾隆3年の地震で倒壊し、現在の玉皇閣は地震後に再建されたものである。1963年に寧夏回族自治区の文化財保護単位に指定された。

この玉皇閣、銀川の旧市街地を象徴する銀川屈指の歴史的シンボル建築だそうですよ。道教の最高神である玉皇大帝を祀るために建てられた城楼形式の建築物でで、かつては銀川の東門だったそうです。時代が下り、周りの城壁や防が取り壊されたそうですがこの美しく壮大な玉皇閣だけは大切に残され現在街の中にあるそうです。

建物を見上げると、大きくそり上がったひさし(飛檐・ひえん)が何重にも重なり色とりどりの装飾が印象的でした。これは、中国の伝統建築の中でも格式高い様式で作られているという事です。青空に映えるその重圧な姿はまさに圧巻でした。

そして、建物の下の部分、ここに上がって来るそばには門(トンネル)がありました。かつては、兵士や商人たちそして馬車が行き交っていたそうですよ~。

⇓銀川市街の街並みも再現されていました。

玉皇閣を後にしホテルへ向かうために西へ200メートルほど行った先には、銀川鼓楼がありました。⇓

昔は、夜明けに鐘を鳴らし日暮れに太鼓を叩いて人々に時刻を告げる役割と共に、火事や敵の襲来を知られる警報党として機能していたそうで、高さ36メートルにもなるこの鼓楼は、解放東街と鼓楼南北街が交差する十字路の中心に鎮座しているそうです。

鼓楼の門の上に「迎恩」という文字があり、帰国して調べてみると東側にあたる門の上部には、「皇帝からの恩徳・恩恵を迎え入れる」という意味があり、中国の古い都市では首都(北京)や東方からやって来る使者や皇帝の詔書を迎え入れる東側の門にこの名が良くつけられたそうです。

この門が東側ということは画像を観るともう一つ門がありそれは北側に位置する門という事になるのですよね。よ~~~く見ると、う~~~ん、やっぱり北門の上に書いてある文字はどうやっても見えない読めない。

調べてみると、北門には、「拱化」と書いてあるらしい。「北方の王化(徳)を仰ぎ奉る・手を取り合って調和する」という意味だそうです。こうなってくると、観ることは叶いませんでしたが、南門と西門に書かれている文字も調べたくなりました。

南門・来薫(らいくん)南から吹く温かく心地よい風(薫風)がやって来る。

西門・挹爽(ゆうそう)西の賀蘭山などから吹く清々しい爽やかな風をすくい取る。

帰国してもなお新しいことに気付き興味をもって調べ学べるっていいな~、楽しい~(^^♪

こうやって銀川2日目は朝から夜まで盛り沢山の行程でとても刺激的な一日となりました。

次回は、銀川から高速鉄道を使って西安入りする記事を予定しています。👋

 

 

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