お盆の時季に書きたい記事3日目。
千葉県 成田市 片岡書道教室です。
先日、我が家は菩提寺にて
『お施餓鬼法要』
『一周忌法要』
『十七回忌法要』を済ませてきました。
その時にお持ちした『お布施』についてですが。。。
いくらお包みするかではなくて(^_^;)
そのお札について。
過去に苦い思い出が。
納経する際の料金を使い古したお札で準備していましたが、
寸前で新札に変えることができました。
私のなかで
お祝い事は新札で。
仏事は古いお札で。
という概念がありました。
仏時であっても、前もって準備できるようなものは新札で準備するようですね。
ですが、無知な私は知らずこれまできっと恥をかいてきていたことでしょう。
師匠が言います。
書は、たくさん恥を書きなさい!と。
そこからわかることがたくさんあると。
年を重ね、いろんなことを経験するようになると知ることもたくさんあります。
「書」を学ぶようになって、諸先輩方からは行動で示してくださり学ぶこともとても多くあります。
師匠にお支払いするお代などは、新札を準備するのは当たり前の世界です。
「おつりをください」なんて言語道断。
御手間を取らせてしまうことは、他の添削を受けていらっしゃるほかの先生方にもご迷惑のかかるお話。
すべて、敬う心。
なのだと思っています。
娘が高校を卒業して部活顧問の先生にお会いする機会がありました。
その時の会話は、
「なみちゃんのお母さんはいつも部費を新札で用意してくださって~~~。
そんなお母さんはいないよ~~~。」と。
ただただ、日ごろの感謝の気持ちと、
これら部費などを取りまとめてくださる感謝の気持ち。
そして、きっと先にお支払してくださっているであろう感謝の気持ちと。。。
そんな風に娘が卒業しても覚えていてくださり、久方ぶりにお会いした時にそんなお話をしてくださるなんて、とてもありがたいな~~と思ったことがありました。
今回の「お施餓鬼法要」でも、何百といういやもっと多かったかもしれない塔婆が所狭しと束になってありました。
これらの物すべてを、一枚いちまいお書きになったご苦労と時間、軽食や御供物などの手配や準備などなどそれはそれはどれほどのだったことか。。。
そう思うと、我が家に出来ることは、感謝の気持ちを持って新札を用意することぐらいでしょうか。
今回娘は、義父と義母のために写仏を拝写。
わたしも、一周忌の義母のために般若心経を納経いたしました。
あの世で喜んでくれているといいな(*^_^*)