特別稽古

「なぜ」の原因は自分にある

おはようございます。

成田市 公津の杜 片岡書道教室です。

リフォームを済ませた部屋で、初の書き初め特別稽古を開始しました。

時間は、2時間しかない。と思っちゃうんですよね。

足りるわけがないと思っちゃうんですよね。

これが厄介な私の概念。

いちばん焦っているのは、案外指導者のわたし自身なのかもしれないんです。

来た時よりも美しく。

借りたものは、掃除してきれいにして返すもの。

汚した人が気づいて掃除をするべき。

そう思いがちなんです。 なぜならば、小さいころ学校の先生や両親からそう習いましたから。

だけど、そうだとは限らないということも今は知っているんです。

だから、自分のスペース以外の場所まで拭き掃除をしている子どもたちを見ると、素直に「ありがとう」と言えるのです。

 

先日、リフォームした真っ白な壁に、思いっきり広い範囲の黒い墨汁の汚れがありました。

これまでの私であれば、ショックで本気で泣いていたでしょう。「また汚れた。。。」と。

しかし、そんなことを経験していたからこそのリフォームでした。

今回は、拭くとその汚れが取れる場所が大幅に増えたので元通りになり一安心。

だけど、「なぜ、汚したと直ぐに言ってくれなかったの?」

なぜ、ごめんなさいと直ぐに言ってくれなかったの?」と、こみ上げてくる感情は決して良いものではありませんでした。

先日の、オンライン講座で聞いた話。

「なぜ」を「なに」に変えて質問することを心掛ける。

「なぜ」は質問のようであってそれは詰問というものだと。

十数年前に、学んだことを覚えているようですっかり忘れていた自分に気付き、私は今まで何をしてきたんだろう。。。。と深い谷底に心が落ちていってしまいました。

最近は、自分の言動行動そして思考に反省ばかり。

今、私自身に質問をする。

「何を事前に伝えていたら、その子は直ぐに汚したことを伝えてくれたんだろう」と。

 

 

 

 

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