かたおかせんせい

阿倍仲麻呂記念碑《興慶宮》

おはようございます。

成田市 公津の杜 片岡書道教室です。

日本経済新聞に「ふりさけみれば」という題目で小説が連載されていると、毎月のオンライン「子育ちサロン」でご一緒させていただいている某塾主宰者O氏のフェイスブック投稿で知りました。

海龍王寺初代住職の玄昉、そしてその玄昉とともに遣唐使船で渡唐した阿倍仲麻呂。

阿倍仲麻呂は帰国を夢見ながら唐の地で亡くなりました。

その阿倍仲麻呂が詠んだ詩を刻んだ記念碑が西安興慶宮公園に建立されています。数年前、私もこの地へ足を運んできました。

碑には、遣唐使船などが刻されてとても素敵なデザインでした。

しかしこの興慶宮、入り口から何かのお祭りがあってるの???と思ってしまうほどきらびやかで人も多く露店も出てとても賑やかでした~。

 

 

 

 

↓↓↓遣唐使船は毎回4隻で出航していたようですが、3隻のデザインということはいろいろと思うところがありますね~。

この記念碑は、1974年奈良市と西安市が姉妹都市となり、1978年夏には日中平和友好条約が結ばれた折両市が共にゆかりある阿倍仲麻呂の記念碑を建立しようという話になったそうです。そうして翌年奈良市では唐招提寺そばの慰霊塔公園内に阿倍仲麻呂記念碑が建立され、一方西安市では玄宗皇帝の執務が執り行われていたこの興慶宮跡地に上記のような立派な記念碑が建立されたということらしいですよ。

↓↓↓記念碑の上部には桜が。どなたがデザインなさったのでしょうね、日本の国花ですものね(^^♪なんだか嬉しくなっちゃいました。

実はわたしここに一番感動を覚えました。

 

以前訪れた地で見た光景が、書と歴史を学ぶことで点と点が線になり自身の中で理解消化されていく感覚を覚えます。

 

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