かたおかせんせい

「概念」ってどうやって作られるのだろう

おはようございます。

成田市 公津の杜 片岡書道教室です。

最近、「概念」とやらにひどく振り回されています。

いや、いや、そんなわけないのです。

自分自身の「概念」に気付いてしまっただけなのです。

ただ、それだけのシンプルな話。

わたしの「概念」って、何処からやってきたのだろう。

いや、違うぞ!「概念」って自分が作り出すもの??

そうだとしたら、いつ自分の中から沸き起こったものなんだろう。

そんなことを考え、自分自身を見つめ直す時間が流れています。

数日前に書いたブログ記事で、親から習ったものというフレーズを書いています。

その時に気付いたんです。

わたしの「概念」の根本の一つに、親から教えられたものがある。ということを。

↑↑↑さらりと書いていますが、実はここにこそ深い「概念」の根が張りめぐらされていることも同時に気付いたのです。

 

わたしがそう信じ込んでしまったのは、

わたしがそう思うようになったのは、

実はほかにもあって。

例えば、

「書道教室の指導者は〇〇であるべきよね」

と、他人の意見が耳に入ったと仮定します。

その時の、自分の心のブレが「そうかも」と思ってしまい、その人の思考があたかも自分の思考のような錯覚をして、ずっと以前から自分がそう思っていました!というようにすり替えられているパターンがある。

いや、すり替えられているのではなくて、自分自身の中身が空っぽだから人の意見でブレブレの心を固め埋めた。という方が正しいのかもしれない。

そう考えていくと、自分の中の「概念」の仕上がりがしっくりくることに気付く。

これまでの私は、ブレない一本筋の通った揺るぎない信念がなかった。

書道教室を主宰するという覚悟がなかった。

だから、人の言う言葉に心が揺れた。

 

ただ、自分自身の確固たる信念がなかっただけ。

その信念がなかったことで大きなズレが始まっていき、こうありたいと思う片岡書道教室からは今大きく外れた場所に居ることに改めて気づく。

↑↑↑これは本来私が望んでいたものではなかったから、今の片岡書道教室の在り方に不満を感じている。

「片岡書道教室」=「片岡玲泉」なのです。

私は、いま書に携わる片岡玲泉に非常に不満を持っています。

それもとてつもなく大きな不満です。

こんなに大きな不満を抱える自分自身を非常に情けなく思っています。

たったこれだけの仕事しかできない自分だったのか!と。

 

 

 

 

 

 

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